俵町の町名碑 俵町の町名碑(西二階町) 田江戸初期は大和町と称した。大和出身の人びとが居住したという。慶安元年(1648)松平大和守直基が姫路城主となったので、官職をはばかって俵町と改めた。俵屋という豪商がいたという説もあるが定かではない。昭和59年区画事業で町名が廃止され、西二階町に編入された。(『城南地区』をたずねて)